(2)
それから暫く後、アーケード街の一角にあるハンバーガーショップに、鉄郎とエメラルダスの姿があった。
大勢の若者や家族連れでごった返すカウンターから離れ、2階の客席に上がると、回りを小さな観葉植物のプランターを乗せた背の低い間仕切りで仕切られた壁際のテーブルに、壁側に鉄郎、通路側にエメラルダスと向かい合って腰掛けた。
テーブルの上にはずらりと並んだハンバーガー類、フライドポテト、ナゲット、パンケーキにジンジャーエール、ホットコーヒー。
手にしたベーコンレタスバーガーを口に運びながら、鉄郎はあたりをざっと見渡した。
正直、旅の途中でときたま出合った他所の惑星の、いわゆる酒場関係の飲食店の雰囲気とは全く異質の光景に、彼は少し戸惑った。
なにしろ、付近のテーブルにたむろしているのは、どう見ても鉄郎と同年代の若者のカップルや、女子中高生と思われるグループばかり。
酒場にいがちの、いい年のおじさん連中の姿は、影も形も無い。
壁や作り付けのベンチには、サンタクロースに扮した、マンガや玩具のキャラクターらしきものがそこかしこに飾り付けてある。
オマケに店の雰囲気といったら、可愛らしい喧騒といっていいほどの賑やかさ。
女の子達のキャーキャー騒ぐ声がそこかしこに響いていて、どう考えても、しゃれた大人の雰囲気とは程遠い場所だ。
なんというか、花が咲いたような賑やかさ、とでもいおうか・・・
いくらエメラルダスが連れて来たとはいえ、自分はともかく、エレガントないでたちの彼女がここにいること事態、どこか場違いな印象を受けてしまう。
「どうしたの?落ち着かないようだけど・・・初めてなのかな?こんな場所に入るのは・・」
パンケーキをプラスチックのフォークで口に運びながら、エメラルダスがにこやかに問いかけてきた。
「いや、そうじゃないけど・・なんか、ヘビーメルダー辺りとは雰囲気違うなあ、と思って・・日が落ちた後も外に女の子達が大勢いるもんだから。」
「この星は、平和な星よ。女性が夜に一人歩きしても、何も問題ないわ。」
「へえ・・・」
「かえって、銃だの剣だの持って歩き回るほうがいけないことなの。警察に通報されて、はい、御用・・」
だから私も顔の傷を見て怪しまれるといけないので、メイクで隠しているの。とエメラルダスは教えてくれた。
「なるほど。そうですよねえ・・・」
鉄郎はジンジャーエールのカップを口に運びながら頷いた。
そして、フライドポテトを一つまみ、ポンと口に運んだ。
「鉄郎、おいしい?」
「え?ウン・・悪くは無い味だと思う。ただ、女の子がこういうの好きだなんて思わなかったなあ。」
周囲を見回しながら鉄郎は感心したように呟いた。
「・・・メーテルとは一緒に来ないの?」
「前に一度来たことあったけど・・初めてここに降りたときだったかなあ、確か・・・他の星には無いみたいだねえ、こんな店は・・・でもさ、どんな食べ物も食べなれることは悪いことではないわ、とかいうくせに、来たのはそのとき一回きりで、後は全然来ようとしないんだよ?まあ、ジャンクフードだからね。高級レストランのようにはいかないしね。」
「そう・・・」
鉄郎に習ってポテトの切れ端を口に放り込みながら曖昧に相槌を打つエメラルダスが、その時ふと、彼女の背後の席に座る少女達の一群に気を取られている風情を垣間見たが、鉄郎は頬杖をついていない一方の指先でナゲットを玩びながら構わず話を続けた。
「・・かといって、5つ星レストランや、料亭なんかに行きつけてるのかなあと思っていたら、そうでもなさそうで、そこいらの牛丼屋とか、ラーメン屋とかに入るんだよ。定食屋とかね。そのくせファミレスとか、ピザショップとか、普通女の子が好きそうな場所には、なぜか行こうとしないんだ。・・・なんでだと思う?・・・俺に気を使ってるわけでもなさそうだし・・お前オヤジやってるぞー、って、言ってやりたい。」
彼はナゲットをポンと口に投げ込む。
「フッ・・成る程・・」
エメラルダスは、ちらりと鉄郎に視線を送ると、なぜか口の端に微妙な笑みを浮かべながらコーヒーに口を付けた。
「エメラルダスは、フライドポテトとか、大丈夫なの?」
鉄郎の問いに、エメラルダスは少し顔をしかめて答えた。
「ん〜〜、まあね・・ただ、カロリー配分には、気をつけたいところね」
「脂質や糖質の多い食べ物だからね。ダイエットの大敵か?」
「まあ、牛丼やラーメンも似たようなものだけど・・」
混ぜっ返すエメラルダスに、鉄郎はくすくすと笑った。
「・・・それで、時間城から持ってきた宝石って、なんのことかしら?」
フォークでパンケーキをつつきながら、エメラルダスはさりげなく水を向けてきた。
早速おいでなすったか・・・鉄郎の口元から、思わず苦笑の溜息が漏れた。
周りは自分たちのことのみに夢中な女子高生と若者のカップルばかり。
成るほど、ここなら我々の姿や話に関心を示すものがいないと踏んでの場所選び、というわけだったのですね・・・
鉄郎は、冷めた眼差しでエメラルダスを見つめると、ジンジャーエールを口元に運んだ。
「実は今を去ること2年前、時間城にて機械化伯爵を倒した日、時間城のとある場所で偶然出合った宝物たちを引き連れて、私は、崩れ落ちる城のなかから命からがら脱出したのでありました。」
しゃあしゃあと言ってのける鉄郎。
エメラルダスは目を剥いた。
「・・・ちょっと・・・それって、泥棒じゃないの!!」
思わず大声を張り上げたエメラルダスに、一瞬、周囲の視線が注目した。
「・・・あ、と・・・一体どういうつもりなの?」
周囲に気遣い、慌てて声を潜めたエメラルダスは、非難がましい眼差しを鉄郎に向けた。
「・・・・ハーロックと同じこと言ってるよ・・」
溜息混じりにボソッと呟く鉄郎に、エメラルダスは叱責の声を浴びせかけた。
「当たり前です!誰だって同じことを言うわ!・・・・・あなたは、こんな事をしてはならない人間なのですよ!?」
海賊に泥棒と非難されたくはありませんね、と切り返してやりたかったが、後の報復が怖いので鉄郎は言うのをやめた。
「だから!!違うんです!俺が逃げていたとき、一緒にくっついて逃げてきたんですよ」
「バカおっしゃい!」
「いや、本となんですってば。」
やっぱり嘘を吐いているとおもわれたか、と半ば諦めの心境で彼は話を続けた。
「機械化伯爵が死ぬ間際に作動させた、時間を早める装置の影響で城にある全てのシステムが風化し崩壊を始めたんだ。俺も体が滅びたらいかんと思って必死に走って逃げたんだ。」
「・・・それで?」
「いや〜〜、今思えば、暫くあのまま時間城の中に留まっていて、10年ぐらい歳をとってから改めて脱出してもよかったような。後々色々と事を起こすのが楽だっただろうし、メーテルも喜ぶ・・」
「そういう問題ですか!とぼけてないで素直に白状なさい!!」
話をはぐらかそうと思ったけど失敗に終わった。
「・・・だからほんとに、素直に白状してるんですよ?・・それで、風化して崩れかけた大広間の階段を必死で駆け下りてたら、どこからとも無く宝石箱たちが足元に転がり込んできたんだ。ちょうど掌にスッポリ納まる大きさの奴が3〜4個・・」
鉄郎は掌で大きさを作って見せながら話を続けた。
「足もつれになるし、第一、機械化伯爵の持ち物だろうから気持ち悪いから無視して逃げたら、必死の様子で追いすがってくるじゃないの。仕方なく拾い上げてみたら、俺達をここから脱出させてくれたら、中の宝石は煮て食うなり焼いて食うなり、売っ払うなり好きにしてくれというもんだから、しょうがない、お前達もこんなところで朽ち果てるより、新天地で希望を見つけたほうがいいよな、と思って・・・・そのままポケットに入れて連れてきた」
エメラルダスの眉間がひくひくと震えていた。
やっぱり、信じてないな、この話・・・
「まあ、普通ありえないけどね、こんな話・・口からでまかせといわれても、仕方ないけどね。けど、俺は見たまま、ありのままを話してるんだ」
「・・・・・それで時間城から脱出したわけね・・・」
コーヒーを口にしながら、怒鳴りつけたいのをかろうじてこらえているエメラルダスの面差し。
「そう。砂漠になった城跡にリューズのギターが落ちていて、それを葬っていたら、メーテルとハーロックが様子を見に来て・・」
鉄郎はコップを口につけ一息ついた。
「暫く機械化帝国のことを話していて、そういえば、と、思い出して宝石箱を見せた。中を開けたらおっかなびっくり!小さな宝石箱の中から山のようなお宝が続々!一体、どうしたんだ!と二人に詰問されたので、訳を話したけど、ちっとも信じてくれない・・・」
「そりゃ、そうでしょうよ・・・」
「あげくにの果てに泥棒呼ばわりだ。ハーロックにはぶん殴られるわ、メーテルには私ゃこんな子供に育てた覚えはないと言って泣かれるわ・・ったく、人の話はちゃんと聞けっちゅうに・・・もう散々だったよ。二人して、まるでオヤジとお袋のノリだっだんだから・・・・」
エメラルダスの口元から、小さい乾いた笑いが漏れた。
「・・・・・・状況の虚実はともかく、要するに、踏んだり蹴ったりだった、というわけね?」
「あたり。まあ、その後、お前はこういうことをやったらいけない人間なんだよ、とか、二人揃ってこんこんと諭してさ。」
「そうね。貴方は正義のヒーローなんだから、良い子のお手本にならなければならないのよ?」
「なっ、何っすか、その正義のヒーローって・・・」
真顔で諭すエメラルダスに、鉄郎、思わず苦笑い・・・
「けど、宝石を持って歩くわけにはいかないし、何しろ、あの機械化伯爵の持ち物だし、足がつくのもいけないから、とりあえず、すぐさま換金することにした。ハーロックが口が堅くて高額で換金してくれる知り合いの業者を紹介してくれたので、そこでダイヤコインと交換したんだ。」
「いくらぐらいしたの?」
「総額で10万リーグ」
「10万リーグ・・・」(1リーグ、約1000円。日本円で、約1億円相当に当たる)
「そう。それを3人で山分けしようとしたけど、ハーロックが固辞してね。仕方ないから、俺とメーテルで分けることになった。けれど、ダイヤコインに換金したすぐ後、機械化母星は崩壊し、メーテルは冥王星に行くとか言ってそのまま音信不通になるし、おまけにあの大動乱で宇宙の殆どの星のシステムがガタガタになったもんだから、そのままほったらかしにしてたんだ。思い出したのは、ラーメタルで嫌がるメーテルを強奪同然にスリーナインに乗せた後でした。」
エメラルダスはポテトの切れ端を口に放り込む。
「ええ、あれは見事な手際でした。私の目の前から、あっという間・・・呆れたったらありゃしない。一歩間違えれば二人とも死んでたわ・・」
「ははは・・(走り始めた客車の最後尾のドアを無理矢理こじ開けてホームに立つ彼女を列車強盗よろしく片腕だけで抱きかかえて引きずり込んだものだからスリーナインはあわや緊急停車寸前。トンデモナイコトになった顛末は、別の機会にでも。)いやあ、怪我人が出なくてよかったよかった・・・」
済ましてナゲットを口にする鉄郎を、片腕で頬杖つきつつ横目で見ながら、エメラルダスは溜息をついた。
「略取誘拐で訴えられても仕方のないシチュエーションだったけど?・・・ま、彼女自身が貴方についていく決心を固めたのだから、よしとしましょう・・」
「確かに独善的だったのかもしれない。けど、メーテルと今離れたら、未来永劫再会できないような気がしてならなかったから。・・考えるより前に体が動いたというか・・・ただ、エメラルダスの言葉どおり、メーテルが自分と暮らすことをはっきり意思表示してくれたのが嬉しかったし、(まあ、実際一緒に暮らしてみれば、人生、山あり谷ありで。今夜など、さすがに堪忍袋も切れまして、今現在に至る・・ハイ。)何よりも、彼女一人ぐらいこの手で養って行く自信はある。彼女に三食昼寝付きの生活を保障するくらいは出来る!!」
・・・・うわ!大きく出たなあ、俺・・・
そう、心の中で反論したけど、鉄郎は何も言わず済ました顔して2個目のハンバーガーにかぶりついた。
と、鉄郎のジャケットの中から携帯電話の着信メロディーが鳴った。
うるさいな、と思いながらポケットから携帯電話を取り出すと、案の定、メーテルからの着信メール。
“ 鉄郎 ―― 今、ドコニ イルノ? “
大喧嘩の直後のメール。
不愉快さが先立った。
悶々とした気持ちのまま鉄郎はメッセージを一瞥すると、返信もせずにポケットにしまいこんだ。そしてもくもくと食べ終わると3個目のハンバーガーに立ち向かった。
「大した食欲ねえ・・・」
感心したように鉄郎を見守るエメラルダスの前で、鉄郎は、一気に3個目をやっつけた。
「・・・私の分も食べていいわよ」
「いいよ、貴女は殆ど食べていないじゃない?」
「はあ、パンケーキとポテトとコーヒーでおなか一杯になっちゃったわ。」
「体大きい割には小食なんだね」
「失礼なこといわないで。食事制限する肥満体に聞こえるじゃないの」
「申し訳ないです」といいつつ勧められるまま全部食べてしまった。
そんな鉄郎を見てエメラルダスはくすくす笑う。
「なっ何っすか?」
「いいえ、なんでも。そういう貴方はよく食べたわね」
「そうかなあ?呆れた食いっぷりと思ったでしょ?」
「ううん、大した食欲だと感心してるの・・・そういえば、あなた随分背が伸びたわね?」
「ああ、今162センチ。メーテルとちょうど並んだ・・」
「そう、それくらいよね・・初めて出逢ったときは、確か、私の胸より下くらいだったけど・・」
「15のときは130センチちょっとしかなかったからね。」
「・・・・ん〜?・・ちょっと待って。ということは・・・2年間で30センチも背が伸びたの!?」
「うん・・まあな・・」
実は若干違う。
背丈が急に伸びたのは、確か16の誕生日をちょうど迎えた機械化大母星から帰還した頃からで、厳密に言えば、一年そこらで30センチ伸びたことになる。
その上、今もまだ伸び続けている。
しかし、いくらなんでも普通ありえぬ話だし、それを実現させている俺って、一体何者!?と、自分でも正直驚いているのが事実で。
あまつさえそのおかげで、メーテルやスリーナインの車掌初め周囲から珍獣扱いされていて、唯でさえ気分悪いのでエメラルダスには黙っておくことにした。
そんなこととは露知らず、ひたすら目を丸くして感心するエメラルダス。
「成る程。だから、この食欲な訳か・・」
「納得しないでくださいよ」
「フフ・・・」
「なんか、誉められてるのか、けなされてるのか、解らんなあ・・・」
「気にしないで。どこかの誰かさんにそっくりな食欲だから、つい・・・」
「・・・なんだかなあ・・・」
「でもまあ、今が伸び盛り食べ盛り、なわけね・・・」
「俺の場合は、生涯食べ盛りだけど」
「面白い事言うわね・・・」
愉快そうに笑うエメラルダスを、鉄郎は少し照れながら不思議な思いで見やった。
けれど、もしも今、彼女の心の中を覗き込むことができるのなら・・・
テーブルの向うで楽しげに語りかけてくる少年の姿を見るうちに、彼女はふと、遥か昔に思いを馳せていた。
今は亡き恋人との楽しい思い出。
それはエメラルダスの心の中に密やかに仕舞ってある、大切な秘密の宝物・・・
そんな彼女の心の内を感じ取れぬまま、鉄郎はテーブルの上に重なっている包装紙を見つめながら、しみじみと語りだした。
「実は、俺、今度手に入った金を元手にある計画を進めて行くことにしたんだ。」
「どんな・・?」
「あれから使い道をどうするか、二人でいろいろ考えて、まあ、いうなればあぶく銭だから、何か世の中の役に立つことに使おうということになって、とりあえず二人の名義で合わせて2万リーグ出して、銀河鉄道の株を買ったんだ。大動乱の後だから、会社もいろいろ大変だろうし、債権者もかなり離れたと聞いて。だから、いろんな意味のお礼を兼ねて買った。もちろん、これは転売するつもりはない。あとは、まあ、一編に投資や預金に出してしまうと、税務署に目を付けられかねないから、出来るだけ悪目立ちしない形で、万が一、資金洗浄なんて疑われることのないよう、最悪、税金とられた場合、少しずつ収入が入っていったような形にしといたほうが、税金を持っていかれる額が少なくて済むと考えてね、ある程度時間の間隔を置いて、3万リーグをメーテルの名前で投資信託にまわして、残りを彼女が口座を開いている銀行や、あちこちの利回りのいい星の金融機関で小出しに譲渡性預金や定額貯金を作って資産運用することにしたんだ。ま、もともと持っていた財産の一部を換金して預金したといえば済むから、めったなことはないだろうけれど・・・さっき行った銀行には、銀河鉄道の株の配当金が俺名義で入ってくることになっていて、あと若干の定期預金とか、生活に必要な分を普通預金にして・・」
「そう、殊勝な心がけね、というより、あなた、良くそこまでいろんなこと知っているし、考えたわねえ・・」
感心するエメラルダスに、鉄郎は頭をかきかき笑って応えた。
「ああ・・今のは全部、馴染みのファイナンシャルプランナーさんからの受け売りだよ。まあ、資産の大半はメーテルの名義になっているし、専門家と会っていろいろ資産のことを相談するのはもっぱらメーテル任せにしているもんで、心苦しい限りだけど・・ガキの俺の名前で投資するより自然だろうと思ってね・・・ただね・・俺は、彼女が有り金全部握って行方をくらませても、それは別に構わないとは思っている。」
「ちょっと鉄郎・・・」
「はは、まあ、今すぐそれをやられるのは、困るけれど、せめて、俺が大学を卒業して、一人前の医師になってからにしてもらわないと・・その前に受かるかどうかだけどね。」
エメラルダスは驚いた顔で鉄郎をまじまじと見つめた。
「まあ、お医者さんになるの?」
「ああ。この星に降りたのも、その為さ。再来月、チェルムスフォードの医学部を受験する予定。冥王星から、佐渡博士を招いて、研究室が開かれている。冥王星にいたとき、俺とメーテルがいろいろ世話になった方なのだけど、是非とも彼に師事したくて。」
「待って。冥王星の佐渡博士って・・・まさか・・・」
エメラルダスの眼差しが大きく見開かれた。鉄郎は頷いた。
「現在、バイオメカトロニクスの研究の第一人者。冥王星で、ドクター・バンのラボを管理しておられる方さ。彼のラボにある超量子コンピューターを利用して、「有機体還元装置」を再稼動させ成功するためにどうしても佐渡博士の元で研究する必要があってね。」
固唾を呑んで次の言葉を待っているかのように沈黙するエメラルダスに、鉄郎は固い決意のまなざしを向けた。
「メーテルを、元の身体に戻してやりたいんだ」
「・・・・あなたが・・・?」
エメラルダスは、ようやく声を振り絞った。その声は上ずって、少し震えていた。
「そう。」
鉄郎は、静かに頷くと、テーブルに目を落とした。
「貴女は、メーテルの体が普通の機械化人と違う組成で成り立っていること、ご存知ですよね? 彼女の身体は、いわゆる機械体ではない。彼女の意思エネルギーを元素転換させた有機体組成人間なのです。つまり、メーテルの「心」が、彼女自身のボディーとなって、一見完璧な生身の人間の姿かたちを形作っているんだ。体が老化したら、一旦元の「意思体」にリセットし、再び生身のボディーに元素転換を繰り返し、十代後半から、二十代前半の「生身の」身体を手にする・・彼女が、自分のことを「幻影」と呼んでいたのはそういう理由から。彼女が、元のオリジナルのボディーを取り戻すには、一旦、現在のボディーを意志エネルギーに転換させてもとの身体に戻してやるしか方法が無いのだけれど、それが出来るのが、惑星大アンドロメダに設置されていた有機体還元装置と、あと、冥王星のドクター・バンのラボに保管されているスペアだけだ。しかし・・・」
鉄郎は言葉を切った。
エメラルダスは厳しい面持ちでテーブルに目を落としたっきり微動だにしない。
「有機体還元装置は、ドクター・バンと女王プロメシュームの手によらないと稼動できなかった。しかし、ドクターは亡くなり、惑星大アンドロメダも滅び去り、蓄積されていた彼の有機体還元のノウハウも消え去ってしまった。このままでは、彼女は元の身体に戻れない。俺は、別に今のままの彼女でも構わないのだけれど・・・ただね、メーテルは、どうしてもーーー」
何かを言いかけ、鉄郎は、大きく伸びをして、ゆったりと背もたれにもたれた。
「―――いや、・・・ただ、彼女自身があのままでいるのが、どうしても嫌でしょうがないと言うからねえ・・・」
「貴方が、父の・・・ドクター・バンの遺志を受け継ぎたいと・・・」ぽつりとエメラルダスが呟いた。
「そういうこと・・・」
鉄郎は、うっすらと微笑んだ。
「その為には、今バンの研究資料を管理している佐渡博士に、どうしても学ぶ必要がある。装置を稼動させるには、医学の知識が必要不可欠で、それに基づいてバンの資料を研究精査して行かねばならないんだ。まあ、装置を無事に稼動させる以外にも、いろいろ困難なことが付きまとうだろうし、気の遠くなるような作業だけど・・そこまでたどり着くには資金も当然必要で・・・俺が単に、大学へ行くだけならね、2年前に銀河鉄道株式会社から支給されていた金貨が1万5千リーグほど残っていて、スリーナインを下りるときに車掌さんに頼んで、インターナショナルバンクに口座を開いて預けてもらっていたのがあって、それを使おうと思ってたんだ。それから奨学金を借りたりもしてね。あとね、入学試験の最高得点者は、入学金免除という特典があって、それを狙えたらなあとかね。そうやって授業料や卒業までの俺たちの生活費の足しにしようと考えていたのだけど、機械の稼働まで視野にいれたら、それだけでは足りないわけで。実際の再稼動を実現させるまでにもう少し時間かかるなあと思っていたけど、この際時間城の宝を売りさばいたお金を、これ幸いと利用させていただくことにしたのさ。」
あのおかげでメーテルを元に戻す計画も、ぐっと手近になってきたのだよ、と鉄郎は笑った。
「大学受験。勝算はあるの?」
「ああ・・唯その為にだけがんばってきたからね。というか、絶対に負けられないね・・」
エメラルダスは、小さく溜息をつくと、しみじみと呟いた。
「・・・・・ほんと、さっきから、貴方には驚かされるし、ドギモを抜かされるわ・・・」
と、やにわに彼女は、テーブルの上をせわしく片付け始めた。
「何所かで飲みなおしましょう。貴方と乾杯したくなったわ。今晩は、私のおごりよ」
「ええ!?嬉しくもありがたいけど、俺、未成年・・・」
「いいの、未成年でも入れるところを知っているから・・」
紙くずの乗ったトレイを、あ、俺が持っていくよとエメラルダスから受け取ると、鉄郎はおもむろに立ち上がり、人ごみを掻き分け消えて行った。
その途端、エメラルダスの耳に、背後のテーブルに陣取っていた少女達のこそこそと騒ぐ声が飛び込んできた。
先程からしきりにこちらに注意を払っていた女の子達の一群だ。
「あー!今よ今!!テーブルから離れたわ!」
「ほら!ちゃんとケータイ写させて頂けますか、ってお願いすんだよ!?」
「ええー、でもぉ―、彼女しっかり彼のこと見てるしいー・・・」
「あーもうー!!帰ってきたじゃない!!ぐずぐずしてるから!」
見ると人ごみの中から鉄郎が現れた。
エメラルダスは、ちろりと 見るからにトラディショナルなミニスカート姿(皆同じいでたちだから、恐らく制服か)で身を固めた少女達を省みた。
鉄郎を見つめていた彼女らは、慌てて顔を伏せ額を寄せ合い、テーブルの上で携帯電話をいじり始めた。
エメラルダスは恐らく鉄郎と同年代と思われる彼女達と鉄郎とを見比べて溜息をついた。
なんなのだろう、彼女達から感じ取れる鉄郎との温度差は・・・単に男と女の違いだけではなさそうな・・・
でもーーー
「解ったわ・・・」
エメラルダスは、ふっと微笑んだ。えっ、何?と怪訝な顔の鉄郎。
「メーテルが、貴方をここに連れてこない理由」